M&Aでは、どうしても「いくらで会社を譲渡するのか」「どの会社が買い手になるのか」といった条件に目が向きがちです。
もちろん、それらは非常に重要なことです。
しかし、株式譲渡契約を締結し、無事にクロージングを迎えればM&Aが成功した、というわけではありません。
むしろ、そこから始まるPMI(Post Merger Integration:M&A後の統合プロセス)がM&Aの成功を左右するといっても言い過ぎではないでしょう。
買い手と売り手は、それまで別々の会社として経営されてきました。
当然、経営方針だけでなく、社内制度や仕事の進め方、意思決定の方法、そして企業文化も違います。
それらをどのようにすり合わせ、従業員が安心して新しい環境で働けるようにするのか。
M&Aは会社と会社をつなぐだけではなく、人と人をつなぐ仕事でもあります。
PMIとは何をすることなのか
PMIとは、M&A成立後に買い手企業と売り手企業を統合していくプロセスのことです。
一般的には、経営方針、組織、人事制度、財務・会計、ITシステム、業務プロセスなど、さまざまな領域の統合が行われます。
しかし、中小企業のM&Aでは、それだけでは十分ではありません。
会社には、規則やマニュアルには書かれていない「その会社では当たり前になっていること」がたくさんあるからです。
たとえば、ある会社では社長に直接相談すれば、その場で物事が決まっていたとします。
ところが買い手企業では、稟議書を作成し、上司、本部、役員など複数の承認を得なければ決裁できないかもしれません。
どちらが正しいという問題ではありません。
それぞれの会社が長い時間をかけてつくってきたルールが違うのです。

会社には「見えないルール」がたくさんある
M&A後に違いが表面化するのは、経営方針だけではありません。
たとえば、
- 経費をどこまで認めるのか
- 出張はどのように申請するのか
- 有給休暇をどのように取得するのか
- 誰に報告すればよいのか
- 会議をどのくらい行うのか
- 顧客への対応を誰が判断するのか
- 採用や人事評価をどのように行うのか
- 問題が起きたとき誰に相談するのか
こうした一つひとつに、それぞれの会社の「当たり前」があります。
長年その会社で働いている人ほど、それが他社とは違うことに気づいていない場合もあります。
M&Aによって初めて別の会社のルールに触れ、
「今まではこんなことをしなくてもよかった」
「なぜこんな面倒な手続きが必要なのか」
という不満が生まれることがあります。
一つひとつは小さな違いでも、それが積み重なると大きなストレスになります。
M&Aを知らされた従業員は何を考えるのか
経営者にとってM&Aは、何か月、場合によっては何年も考えた末の決断かもしれません。
買い手企業も、十分な調査と検討を行ったうえで買収を決定しています。
しかし、売り手企業の従業員にとっては違います。
ある日突然、
「会社がM&Aで譲渡されることになりました」と知らされるのです。
その瞬間、従業員の頭にはさまざまな不安が浮かびます。
「給料は変わるのだろうか」
「今の仕事を続けられるのだろうか」
「転勤させられないだろうか」
「リストラされることはないだろうか」
「今の社長はどうなるのだろう」
「会社名はなくなるのだろうか」
経営者にとっては会社の将来を考えた前向きなM&Aであっても、その背景を知らない従業員には同じように見えるとは限りません。
だからこそ、丁寧な説明が必要なのです。
「何も変わりません」だけでは不安はなくならない
従業員を安心させようとして、
「今までと何も変わりませんから安心してください」
と説明したくなることがあります。
しかし、実際には何らかの変化が起こる可能性があります。
そこで重要なのは、
「変わること」
「変わらないこと」
「まだ決まっていないこと」
を分けて説明することです。
決まっていないことまで「変わりません」と約束してしまえば、後から制度が変更されたときに会社への不信感につながります。
一方、「まだ決まっていません。ただし、いつまでに検討し、決まったら説明します」と伝えることはできます。
従業員が求めているのは、必ずしも「何も変わらないこと」ではありません。
自分たちに何が起こるのかを、きちんと説明してもらえることなのです。

買い手の「正しい」が売り手の「正しい」とは限らない
買い手企業には、自社で確立してきた制度や業務プロセスがあります。
そのため買収後、
「こちらのやり方の方が効率的だから統一しましょう」
と考えるのは自然なことです。
しかし、ここにPMIの難しさがあります。
売り手企業にも、その会社が長年培ってきた仕事のやり方があります。
特に中小企業では、マニュアルには書かれていなくても、社員同士の連携や顧客との関係、現場の判断によって事業がうまく回っていることがあります。
それを理解せず、買い手企業のルールに一気に変更してしまうと、売り手企業の従業員には、
「これまで自分たちがやってきたことを否定された」
と受け取られる可能性があります。
制度を統合することと、これまでの会社を否定することは違います。
「何を変えるか」と同時に「何を残すか」を考える
M&A後の統合というと、すべてを同じにすることだと思われがちです。
しかし、本当に必要なのは、
何を統一するのか。
何を変えるのか。
そして、何を残すのか。
を見極めることです。
買い手企業がその会社を買収したのは、そこに何らかの価値を感じたからではないでしょうか。
技術力かもしれません。
顧客との関係かもしれません。
社員の能力かもしれません。
地域で築いてきた信用かもしれません。
その価値を生み出してきた背景には、その会社独自の文化や仕事のやり方があることも少なくありません。
それをすべて買い手企業のやり方に変えてしまえば、買収した会社の強みそのものを失ってしまう可能性があります。
人が辞めてしまえば、買収した価値まで失うことがある
特に注意したいのが人材です。
中小企業では、特定の社員が重要な技術を持っていたり、長年の顧客との関係を支えていたりすることがあります。
そうした社員がM&Aをきっかけに不安を感じ、退職してしまえばどうでしょうか。
その社員と一緒に、技術、ノウハウ、顧客との関係まで会社から失われる可能性があります。
帳簿上の資産だけを引き継げば、会社を引き継いだことになるわけではありません。
人が持っている知識や経験も、企業価値の重要な一部なのです。
だからこそ、M&A後の従業員とのコミュニケーションは、単なる人事上の配慮ではありません。
企業価値を守るための経営課題でもあります。

PMIはクロージングしてから考えるものではない
もう一つ重要なのは、PMIをいつ考えるかです。
M&Aが成立してから、
「さて、これからどうやって統合しましょうか」
と考え始めるのでは遅い場合があります。
買い手と売り手の制度にはどのような違いがあるのか。
経営者はいつまで会社に残るのか。
重要な社員は誰なのか。
従業員には、いつ、誰が、どのように説明するのか。
取引先にはどう伝えるのか。
残した方がよい制度や文化は何なのか。
こうしたことは、クロージング前からある程度想定しておく必要があります。
M&Aの準備には、企業価値評価や買い手探し、デューデリジェンス、契約交渉だけでなく、譲渡後に会社をどのように引き継いでいくかという視点も必要なのです。
M&Aは成約してからが本当のスタート
会社の株主が変わることは、契約書によって実現できます。
しかし、人の気持ちや企業文化まで契約書で変えることはできません。
買い手企業には買い手企業の歴史があり、売り手企業には売り手企業の歴史があります。
だからこそ、一方のルールを押し付けるのではなく、お互いの違いを理解しながら、新しい会社の形をつくっていく必要があります。
制度を統合する前に、人の気持ちを統合する。
そして、
「何を変えるか」だけではなく、「何を残すか」を考える。
それがPMIでは、とても大切なのではないでしょうか。
M&Aの成功は、株式譲渡契約書に押印した日に決まるものではありません。
譲渡した会社がその後も成長し、そこで働いてきた従業員が安心して働き続け、買い手企業にとっても「この会社を引き継いで良かった」と思える。
そこまで実現して初めて、M&Aは成功したと言えるのではないでしょうか。
M&Aは、成約後まで考えて準備することが大切です
会社の譲渡では、価格や条件だけでなく、従業員への説明、企業文化の違い、引き継ぎの進め方まで考えておく必要があります。
「まだ売却を決めていない」「何から準備すればよいかわからない」という段階でも構いません。
社外頭脳では、売却ありきではなく、事業承継やM&A後の引き継ぎまで見据えて、経営者と一緒に選択肢を整理します。



