中小企業のM&Aは単なる会社売却ではない|日本を支える事業承継

単なる「会社売却」ではない中小企業のM&A 事業承継・M&A

この会社は、なくしてはいけない。

ある中小企業について深く知る機会があり、その会社の仕事を理解するほど、私はそう思うようになりました。

具体的な会社名や事業内容を書くことはできません。
外から見れば、従業員ほんの数人の小さな会社です。
多くの人は、その会社の名前さえ知らないでしょうが、その会社の取引先は誰もが知っているビッグネームばかり。

ですから、その会社が担っている仕事をたどっていくと、もし事業が止まれば、取引先が困るという程度では済まないことが分かってきます。業界の一部が止まり、場合によっては、この国の重要な機能にまで影響が及ぶかもしれない。それほど大切な仕事をしている会社でした。

私は率直に驚きました。

会社の大きさと、その会社が担っている仕事の大きさは、まったく別のものなのです。

世の中には、この会社と同じように、名前は知られていなくても、決してなくしてはいけない中小企業があるのではないでしょうか。

中小企業のM&Aは、経営者が会社を売って終わる話ではありません。日本に必要な事業を誰が継ぎ、どうやって未来へ残していくのか。そのことを考えるための重要な選択肢です。

奥久 惠美子
奥久 惠美子

有限会社ジャムティガ代表/コンサルタント 

会社の本当の価値は、なくなったときに何が止まるかで分かる

ちっぽけに見えても、替えの利かない会社

私たちは普段、完成した商品やサービスを提供する大企業の名前を目にしています。
しかし、その製品に使われる部品の加工、設備の保守、検査、運送、情報システムなどは、数多くの中小企業によって支えられています。

中には、特定の部品を作れる会社が国内に一社しかない、特殊な設備を扱える技術者が限られている、ある仕事に必要な許認可を持つ会社がほとんどないというケースもあります。

会社の規模は小さくても、仕事の重要性は決して小さくありません。その一社が止まれば、複数の会社の仕事が止まることもあります。

世界の最先端を支える大田区の町工場

大田区には、ロケットや人工衛星、半導体製造装置など、世界の最先端分野を支える町工場があります。
従業員が数人でも、長年磨き上げた技術によって、大企業には簡単にまねのできない仕事をしています。

このような会社は製造業だけにあるわけではありません。社会インフラの保守、特殊な物流、医療や介護、廃棄物処理、建物管理、情報システムなど、私たちの生活を見えないところで支えている中小企業があります。

普段は気づかなくても、なくなったときに初めて、その重要性が分かる会社です。

町工場で金属を研磨する中小企業の技術者

その会社がなくなったとき、何が失われるのか

失われるのは売上や雇用だけではない

一つの会社が廃業すれば、そこで働く人の雇用が失われます。材料や設備を納入してきた会社、仕事を発注してきた取引先、長年その会社の商品やサービスを利用してきた顧客にも影響が広がります。

しかし、それ以上に深刻なのが、技術やノウハウの喪失です。

材料のわずかな違いを見分ける感覚、機械の音から異常を判断する経験、顧客の曖昧な要望を形にする力。こうしたものは、図面やマニュアルだけで簡単に再現できるものではありません。

一度途絶えてしまった技術は、お金をかければすぐに取り戻せるとは限らないのです。

業績が悪い会社だけが廃業するのではない

廃業と聞くと、赤字や経営不振を想像するかもしれません。しかし、利益が出ていて、取引先からも必要とされているのに、後継者がいないという理由で廃業を考えざるを得ない会社があります。

経営者の子どもが会社を継ぐとは限りません。従業員に継いでもらいたくても、株式を取得する資金や、経営責任を引き受ける覚悟が必要になります。

事業には価値がある。将来も必要とされる。それでも、継ぐ人がいないために会社がなくなるとすれば、それは経営者だけの問題ではなく、社会にとっても大きな損失ではないでしょうか。

M&Aは「会社を手放すこと」なのか

「売る」という言葉が持つ抵抗感

経営者にとって会社は、長い年月をかけて育ててきた大切な存在です。苦しい時期を乗り越え、従業員や取引先との関係を築き、ようやく現在の会社があります。

そのため、「会社を売る」という言葉に抵抗を感じる経営者は少なくありません。会社を手放すことは、これまでの努力を否定することのように感じる方もいるでしょう。

しかし、後継者がいないまま廃業すれば、会社が築いてきたものはそこで途絶えてしまいます。一方で、その事業を理解し、さらに発展させられる相手に引き継ぐことができれば、会社は経営者が引退した後も生き続けます。

M&Aは、会社を捨てることではありません。会社の未来を、次の担い手に託すことなのです。

インフラを作っている会社の現場担当者のイメージ画像。

大切なのは「いくらで」より「誰に」

もちろん、会社の譲渡価格は重要です。長年育ててきた会社の価値を正しく評価してもらわなければなりません。

しかし、最も高い金額を提示した会社が、必ずしも最もよい継承先とは限りません。

その事業の社会的な役割を理解しているか。従業員や取引先を大切にできるか。技術を生かす人材や資金を持っているか。そして、長期的に事業を続ける意思があるか。

誰に引き継ぐかによって、会社のその後は大きく変わります。M&Aで本当に考えなければならないのは、売却条件だけではなく、「この会社を誰に託すのか」ということです。

M&Aの本質は技術やノウハウの移転

契約書だけでは引き継げないものがある

株式、設備、契約、預金などは、手続きによって買い手へ移すことができます。しかし、会社を動かしている知恵まで、クロージングの日に自動的に移るわけではありません。

顧客ごとの細かな対応、見積りを出すときの判断、取引先との約束、トラブルが起きたときの対処法。その多くは、経営者や一部の従業員の頭の中にあります。

買い手が設備や顧客名簿を引き継いでも、こうした知恵を受け継げなければ、以前と同じ品質で事業を続けることはできません。

M&Aの本質は、所有権の移転だけではなく、技術とノウハウの移転にあります。

クロージングの翌日に引退できるとは限らない

会社の譲渡が完了すれば、経営者はすぐに引退できる。
M&Aに、そのようなイメージを持つ方もいるかもしれません。

しかし、経営者自身に技術や取引関係が蓄積されている会社ほど、引継ぎには時間がかかります。
一定期間は会社に残り、新しい経営者や従業員に、判断基準、顧客との関係、技術上の注意点などを伝える必要がある場合もあります。

大切なのは、いつまで残るかではありません。
引き継ぐべきものが何かを明らかにし、それが新しい経営の中で再現できる状態になるまで、計画的に承継することです。
契約が成立しても、技術やノウハウが失われ、事業が続かなければ、M&Aが成功したとは言いづらいでしょう。

何を、どのように引き継ぐのか

M&Aで引き継ぐものは、決算書に載っている資産だけではありません。

引き継ぐもの引継ぎに必要なこと
技術・作業方法実際の仕事を一緒に行い、注意点や判断基準を伝える
顧客との関係顧客を紹介し、これまでの経緯や要望を共有する
取引先との信用契約だけでなく、担当者同士の関係をつなぐ
経営判断過去の成功や失敗、判断の理由を伝える
人材・組織従業員の役割、強み、将来への希望を理解してもらう
企業の理念なぜこの事業を続けてきたのかを共有する

適切な買い手を探すには時間が必要

納得できる買い手は、すぐに見つかるとは限らない

会社の価値を理解し、技術やノウハウを生かせる買い手が、ちょうどよいタイミングで現れるとは限りません。

候補となる企業の事業内容、財務力、人材、企業文化、将来戦略を確認し、経営者同士が話し合いながら、本当に会社を託せる相手かどうかを見極める必要があります。

期限が迫ってから買い手を探し始めると、候補が限られます。本当は譲れない条件があっても、時間がないために妥協せざるを得なくなるかもしれません。

適切な相手を選ぶためには、選べるだけの時間を持っておくことが必要です。

準備は「会社を売る」と決めることではない

会社の将来を考え始めたからといって、すぐにM&Aを実行する必要はありません。
親族への承継、従業員への承継、第三者への承継、あるいは現経営者がもうしばらく経営を続けるという選択肢もあります。

早めに考える意味は、選択肢を増やすことにあります。

会社の強みは何か。特定の人に依存している仕事はないか。守りたい従業員や取引先は誰か。
どのような相手なら事業を託せるのか。
こうしたことを整理しておけば、M&Aを選ぶことになったときも、慌てずに動くことができます。

経営者が元気なうちに準備を始めることは、会社を手放す準備ではありません。会社を最もよい形で残すための準備です。

中小企業の工場で受け継がれる技術とノウハウ。

一社の事業をつなぐことは、日本の未来をつなぐこと

中小企業庁の資料によると、日本の企業の99.7%は中小企業で、国内の従業者の約7割が中小企業で働いています。

けれども、私がこの記事で伝えたいのは、その数字ではありません。

その会社にしかできない仕事がある。
その会社がいるから動いている取引先がある。その会社の技術によって成り立っている製品やサービスがある。

その一つひとつを残していくことが、日本の産業や経済を守ることにつながります。
日本経済を支えているのは、誰もが知っている大企業だけではありません。
名前も知られていない小さな会社が、見えないところでこの国を動かしているのです。

厳しい言い方かもしれませんが、全ての会社を存続させることが正しいとは思いません。
しかし、社会から必要とされ、将来も価値を生み出せる事業であれば、後継者がいないという理由だけで終わらせる前に、誰かに引き継ぐ可能性を考えてほしいと思います。

まとめ|誰かが継がなければならない事業がある

中小企業のM&Aは、単なる会社の売買ではありません。

経営者が長年育ててきた技術、人材、信用、取引関係、そして社会における役割を、次の担い手へ託すことです。
重要なのは、クロージングを迎えることではありません。
適切な買い手を見つけ、技術やノウハウをきちんと引き継ぎ、その事業が次の時代にも必要とされ続けることです。

そのためには時間が必要です。
会社の将来が気になり始めたときが、準備を始めるときです。

会社の本当の価値は、会社の大きさだけでは分かりません。

「その会社がなくなったとき、何が止まるのか。」

そこまで見て、初めて分かる価値があります。

誰かが継がなければならない事業を未来へつなぐ。
そのお手伝いをすることも、私たち「社外頭脳」の役割だと考えています。

M&Aや事業承継について、まだ何も決まっていなくても構いません。
会社の将来と、守りたいものを整理するところから、私たちと一緒に考えませんか。

誰かが継がなければならない事業を、未来へ。
会社の将来が少しでも気になり始めたら、まだ売却を決めていない段階でも構いません。
会社が担っている役割、守りたい技術・人材・取引先、そして経営者ご自身とご家族のこれからを一緒に考えていきましょう。
大切な事業を誰に、どのように託すのか。
時間に余裕のある今から考えてみませんか。
悩む前に私たちにご相談ください。